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よき妻

RZP Blog

Read about Ryozan Park life from residents, tenants, members, and friends of RZP! Shared living, coworking, private offices, and daycare in Tokyo.

よき妻

Rachel Ferguson

Rachel Ferguson

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つい最近、ある有名な日本企業のプロモーションビデオにRyozan Parkが登場した。撮影の間、ほとんど私が立ちあって、ミーティングの最中をこっそり撮影したり、建築中の場所を案内した。ノリと私は隣り合い、コミュニティの発展と家族による事業について話をしたのだが、確認のため編集されたビデオが数週間後に届き見てみると、それは「イクメン(育児をする男性(父親)のファッショナブルな呼び方)」をテーマとしたものだった。その中での私は、ノリの隣に座り、彼が話している間に、うちの子供を膝にのせて世話をしていた。使われていた私のコメントはたった一つだった。都市の孤独感とどう向き合うか、ということについてで、それは7分間のビデオのうち30秒だ。私の名前はどこにも紹介されていなかった。

妻であるというのは、美しいことだ。家族を支えることに私は喜びを感じている。私は家族を世話したいし、幸せにしたい。そして私が家族に対してできる一つの方法が、自分たちの生計と従業員たちの生活を担う、自社の事業に貢献することだ。去年、私は二度目の妊娠の最終期ギリギリまで、同じく妊娠中の事務員や女性の校長たちと、プレスクールのオープンまで馬車馬のように働いた。だからこそ、私達はRyozan Parkについて書かれた記事が、時の人である小池百合子のソーシャルメディアでシェアされたことを知って喜んだ。それは、政治家のグループが視察にきて、私はインタビューを受けてスピーチをし、その訪問後に書かれたものだった。ようやく私が日本語を解読すると、それが期待していたような記事ではなかったことが分かった。記事はノリにフォーカスされていて、最後に一行だけこうあった。「竹沢の妻はスコットランド出身です」。

「すごく残念」と私は思った。「働く母親たちを支援する女性による企業、それが見出しであるべきなのに」 学校は私のアイデアだった。すごく楽しみだったし、先導して立ち上げを行っていたし、出産の三週間半後には赤ん坊を従えてもう仕事に戻っていた。でも、私の存在はただ男性との関係にだけによって、ほのめかされるにすぎなかった。

日本社会は性差別的だ。これは、世界男女共同参画報告書によって毎年認められている事実だ。(2018年、日本は調査のあった140ヶ国中の110ヶ国、18に分けた地域グループで三番目に低い順位)ヘルスケアと教育では得点しているが、経済および政治的参加は、全体的に世界平均を大きく下回っているようだ。女性幹部や女性政治家の不足は、日本女性の努力とは関係がない。医大で女子学生の数を減らすために、意図的に受験者の成績を操作して低くしている、という最近のニュースがある。これはまさに、女性を影響ある位置から排除しようという組織的な陰謀を示唆しているように感じる。この戦略は非常に効果的で、この一撃により、日本でもっとも才能ある女性たちが医学の進歩に貢献するチャンスを失い、別の世代は自分たちの模範となるロールモデルを失い、女性たちに直接もしくは間接的に送られるメッセージというのは、こうだ。「あなたは十分ではない」それはねじれた、仰々しい嘘なのだ。

この問題は、私にとって他人事ではない。私は日本でのジェンダーの不均衡を個人的にも体験している。これを主題にして論文さえ書いた。しかし、白人として外国人特権を持つことは、日本の家長制がもたらす最悪の事態から逃れられている。これまでの私の人生での自分は、独立した一個人であり、個人的な功績を通して評価されていた。誰かとの関係においてのみ語られるのではなく。だからこそ、このビデオと記事には不快感を覚えた。

2013年に結婚して以来、私は夫の家族とほぼすべてのエリアの仕事をしてきた。物事の決断や日々のタスク、言語にまつわる様々な部分を担当し、文化やコミュニティ作りやセールスやコラボレーション、デザインに装飾、ウェブサイトやマーケティング、空間のメンテナンス、事業計画や資金調達について、契約や雇用など。小さな家族経営の会社では、誰もがすべてをやる。でも、自分が貢献している、と自信をもって言えるようになるまで、何年もかかった。例えば、ある悪意のないスタッフに対して、ゲストが訪れた際に「オーナーの奥さん」と紹介するのをやめてほしいと伝えるのに、だいぶ長い時間がかかった。このビジネスは私とノリが立ち上げから行ったもので、ただ「オーナー」と言ってくれればいいだけなのだから。

おそらく問題点は、自分たちの仕事を声高に言わないことだろう。めずらしく母親がいない間、どれだけの父親たちが子供たちの面倒をみるという英雄的行為をソーシャルメディアに投稿しているだろうか?そうした投稿は、ほかの男たちや独身女性から、熱狂的な賛辞を受けている。男たちは本当に簡単に称賛されるのだ。でも女性は、すぐに批判される。私が自分の仕事を声高に言わないけれど、最近起きた出来事によって、これからは伝えていかなければいけないかもしれない、と思い始めている。

つい最近、大塚のカフェ私がランチを摂っていると、RZPのメンバーが入ってきた。私は彼女に、旦那さんと一緒に働くのはどう?と尋ね、また、私がどれだけノリと働くのを楽しんでいるのかを言った。すると彼女は非常に驚いて、「え、ノリと働いているの?」といった。私の心臓は一瞬止まった。「そう、私はノリと一緒に働いているの」と私は答えた。

その後すぐに、私はプレスクールで英語教師として働いているのだと思われている、と数名の母親たちから三回も聞いた。もちろんその誤解は、私が女性で英語ネイティブだということからきているのだろう。ある時、不在のメンバーをカバーするためにリングに足を踏み入れてみたけれど、私は資格も取得していないし、忍耐力もないし、集中力はおろか、プレスクールの教師であるための無数の条件をまったく満たしていないことを断言できる。そこはプロに任せたい。私はその誤解に面食らったけれど、それは、私が経営陣であるという正しい予想を簡単に立てることができたはずなのに、と思ったからだ。

あのプロモーションビデオで、もう限界にきた。だからここに、私は自分の仕事について話したいと思う。

ノリと私はチームだ。彼は私なしに物事を成し遂げることはできなかったし、私はノリなしでは成し遂げられなかった。私たちは共生関係にあり、お互いの判断を信頼している。ともに重要な決断を下し、子育てや家事も分担している。ノリは料理上手で、食事のほとんどを担当する。彼は床から物を拾い上げるのは嫌いだけれど、洗濯石鹸やおむつが少なくなると気づく。彼は私と同じように子供たちをお風呂に入れ、絵本を読み、寝かしつける。

この生活は私達にとって自然だが、多くの日本人にとっては、彼の家族内での役割は、それが特に仕事とうまく溶け合っているので、非常に珍しく受け止められてニュースにもなるのだ。だから女性が指揮を執って(スタッフのほとんどは女性だ)ワークライフバランスをうまく図り、働く母親に機会と親たちのコミュニティをつくっている企業について書くよりは、ビジネスと子育てを両立させる、珍しい男の救世主について書くほうが興味深いのだろう。こうなったら、そのようなストーリーが男たちをもっと家庭的になるよう刺激するのを願うばかりだが(日本人女性は男性よりも平均5倍多くの家事をする)、従来の性差別的な文脈で英雄化するのであれば、そうした父親をただ珍奇な存在として扱っているだけだ。なぜ、彼のような存在は普通であり、それは彼自身の人生を豊かにし、彼と同じ長さの時間働く私のいる家庭のためには、必要なことなのだ、という論調にしないのだろう?

私は自分の夫を誇りに思い、称賛することもの大好きだ。それは彼が良い人間であるからで、珍しい想像上のユニコーンではないからだ。彼の個人的なプロジェクトですべての仕事をやっているという場合であれば、私は忠実な妻とされても何の文句もない。でも私達の会社に関しては、私たちはチームなのだ。もし彼の話だけを聞きたいのなら、それでもいいだろう。でも、私はお飾り扱いされたくない。私は「おとなしい妻」という役を押し付けられたくないし、私には意見があり、名前がある。それに、私は働き者だ。だから、自分の中で波風を立てたくないといくら思っていても、私のエゴだと批判されても、押しつけがましい外人女だとみられても、私は声を上げる。私は自分の仕事の成果を隣にいる男性のものとはしないし、それが自分の夫であっても、そうはしない。なぜなら、娘が見ているからだ。息子も見ているからだ。

私達はビデオを作った会社に連絡をして、再編集をしてもらった。彼らは追加で言葉の抜粋と、私の名前を半分だけ付け加えた。私のファーストネームだけを。それは、女性や子供にありがちなことだが、私達のウェブサイトを一目でも見ておけば、私が結婚しても苗字を変えなかったことがすぐにわかるにもかかわらずだ。

私がこの記事を書いたのは、Ryozan Parkでは多様性と平等がコアバリューとして扱われるからだ。そして、それぞれすべての人間が、社会の中で自分をどう実現していくかに向かって努力しなければいけないからだ。ストーリーから私の努力を除外するのが間違っているように、私とノリが受け取ってきたRyozan ParkがRyozan Parkであるための、スタッフとコミュニティメンバーが行ってきた素晴らしい仕事やサポートやインプットや励ましなくしては、私達はやり遂げることができないのは勿論のことだ。